ニューヨークの自然
ジョギングのページにも書きましたが、私は、１９８５年から１９９２年まで、ニューヨーク北部郊外
のウェストチェスターに住んでいました。ニューヨークのど真ん中、グランド・セントラル駅から通勤電車
で約４０分のスカースデールという町ですが、そこはもう、マンハッタンの雑踏からは想像もできない
ほど閑静な住宅地で、軽井沢とか昔の武蔵野のように、ゴルフ場と雑木林の間に点々と家やアパート
が建っていました。
私たち夫婦は、エッジモント高校の広大なグランドに接したアパートの１階の一番奥、２百坪くらい
ある庭に面した２ベッドルームに住んでいました。
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テラスには、リスはもちろん、ウサギ、タヌキなどが顔を出すほか、十姉妹、四十雀の仲間から、
カーディナル（赤）、ブルージェイ（青）といった色鮮やかな小鳥たちが遊びにきて、春夏秋冬それ
ぞれに自然を楽しむことができました。
カーディナル
みなさんは、「恋に落ちて」というアメリカ映画をご存知でしょうか？
あるいは、１０年位前、ＴＢＳで放映していた「ニューヨーク恋物語パートU」を覚えていませんか？
田村正和とか篠ひろ子、岸本加代子などが出ていたドラマです。
両方とも、主人公はウェストチェスターのハドソン河沿いの町に住んでいて、毎朝、通勤電車で
マンハッタンまで通っていて、それぞれにひょんなきっかけから、恋に落ちるという設定でした。
ウェストチェスターの各町村からマンハッタンへの通勤電車は３ルートあり、ひとつは、上記ドラマに
出てきたハドソン河沿いを走るハドソン線、それとは反対（東）側のロングアイランド・サウンド（入江）
沿いに走るニューヘブン線、それに両線の真中を走るハーレム線です。私はこのうちのハーレム線に
乗っていたのですが、文字通りハーレムの中を突っ切っていきます。ウェストチェスターからの通勤
には、ほかに快速バスがあります。
電車がストのときや、マンハッタンからの帰りが遅くなったときなど、によく使いました。
話が横道にそれましたが、今から申し上げる話は、そういうマンハッタンへの通勤の間に起こった
私の失敗談のひとつで、ニューヨークの自然度をいやというほど味わわされた事件です。
マンハッタンのホテルであったパーティの二次会に出て、少々ウォッカ・マティニーを飲みすぎ、
終電車に乗り遅れてしまった。 タクシーでも拾うかと、マディソン街で手を上げかかったら、
折りよく目の前にウェストチェスター行きの快速バスが現れたので飛び乗った。 座席に座ったとたん
安心したのか、酔いが回って、そのままぐっすり寝込んでしまった。
「ラースト・ストップ（終点だよ）！」との運転手の声に起こされ、慌てて降りようとしたところ、
まったく見慣れない街角である。終点まで乗り過ごしたとしても、ホワイトプレーンズの筈。
ここはどう見てもまだ街中の感じだ。
運転手に聞くと、「ブロンクス」だという。なに、やばい！ここは麻薬と殺人の巣窟だ。
ここで初めてバスを乗り違えたことに気が付いたが、後の祭り。時計を見ると、夜中の１時に近い。
折り返しのバスはもちろんない。
辺りにはタクシーのカケラもない。ほろ酔い気分もすっかり醒めて、運転手に「ウェストチェスターまで
行きたい。何とかしてくれないか。」と必死に交渉する。「おれは、このバスを運転してヨンカースの
家まで帰る。」というので「ヨンカースなら、少しは知っている。フリーウェイの近くで降ろしてくれ。」
「ＯＫ」となった。
ひとまず「危険地帯」から脱したものの、そこから私のアパートまでは、まだ１０ｋｍはあり、
歩けば２−３時間は掛かる。１０分ほど歩いたところで漸く電話ボックスを見つけ、家内に電話したが、
熟睡しているとみえてぜんぜん電話に出てくれない。仕方なく、「朝までかけてノンビリ歩いて帰ろう。」
と腹を決め、フリーウェイ沿いの住宅街を歩き始めた。
ふと前方を見ると、右手の民家の前庭を白黒ブチのネコが尻を振りふり、歩道に沿って歩いていた。
ちょうど、私が歩いていくのと同じ方向だったため、ネコを追いかけるような形となった。
時間が時間だけにネコも驚いたか、警戒したらしく突然立ち止まり、こちらを探る風に見えた。
構わず歩を進めた私は、ネコガ背伸びをするときのようにお尻を高く持ち上げるのを目にした。
そのとき、ピチャッと水鉄砲で撃たれたように、インク様のものが私の右胸あたりに飛んできた。
一瞬何が起こったか判らなかったが、１０秒もしないうちに「しまった！ やられた！ スカンクや。」
と覚らされた。
大体私も勉強不足で、スカンクのにおいは車で道を走っていて、しょっちゅう嗅いでいたから、
判っていたが、「屁」が液体とは知らなかった。一過性の気体だとばかり思い込んでいた。
こうなれば、たとえ運良くタクシーを掴まえられたとしても、快く乗せてくれそうにない。
酔いはとっくに醒めて、夜の冷え込みが身に凍みてきて、情けなくなってしまった。
ほうほうの体で、二つ目の電話ボックスを見つけ、家内に電話し、こんどは起きてくるまで鳴らし
つづけ、漸くアパートに帰れたのが２時半。
家内には馬鹿にされるわ、背広、ワイシャツは台無しになるわ、でさっぱりワヤであった。
翌朝、シャワーを浴び、すっかり新しく着替えて、何食わぬ顔で出社した。
ところが、なんと周りの女の子たちが、「ミスター・ヤマモト、なにかクサイよ。」と騒ぎ出すでは
ないか。
そんな筈はない、全部着替えてきたのに、と腰に手を当ててみてハタときがついた。「ベルトだ！」
ベルトにもあの忌まわしい液体が付いていたのだ。
なにしろ、スカンクを撥ねた車は、においが取れなくなって、「スカンク・カー」と称され二束三文に
しか売れなくなるほど、しつこいものである。
ワイシャツはともかく、背広だけは何とか救済したいと、中国人のクリーニング屋に持っていくと、
「日曜日にこれだけ別にやってあげる。」といわれてバッチリ特別料金を取られた。
このスカンクのにおいを消す特効薬はなんとトマトケチャップだそうである。好奇心の強い犬を
飼っているアメリカ人のおばさんが教えてくれた。スカンクを追いかけては、クサイ「屁」を
浴びてくる犬の身体一面にトマトケチャップをまぶしてこすり、水か湯で洗い流してやるんだそうな。
ともあれ、こんなことがマンハッタンから電車で４０分ほどの住宅地で起こるのですから、
アメリカの自然の広がりというのは大したものです。
このときは、それを痛いほど知らされた、いや、クサイほど嗅がされたのです。
どうです。可愛いやつでしょう？
それもそのはず、アメリカではペットにしているひともいるんですから。